昨今、ChatGPTやClaudeなどの生成AI技術が飛躍的に進化し、システム開発の現場にも大きな変革が起きています。
「AIを使えば、エンジニアがいなくてもサービスが作れるのではないか」「開発コストを劇的に下げられるのではないか」と考える経営者の方も多いのではないでしょうか。
確かに、プロトタイプ(試作品)を作るスピードにおいて、AIは驚異的な能力を発揮します。
しかし、SaaS(Software as a Service)事業のように、長期間にわたって顧客にサービスを提供し続けるビジネスモデルにおいては、
「作って終わり」ではなく「運用し続けること」こそが本質的な価値となります。
実は、AIだけで開発を進めることには、運用フェーズに入ってから露呈する「致命的な盲点」が存在するのです。
本記事では、なぜAIによる自動生成コードだけではSaaS運用が危険なのか、そしてなぜバグ対応において「人間のエンジニア」が不可欠なのかについて、
技術的な専門用語を極力使わずに、経営者の視点に立って解説していきます。
AIによる自動生成コードが抱える運用時の大きなリスク
最近では「Vibe Coding(バイブ・コーディング)」という言葉も聞かれるように、AIと対話しながら感覚的にコードを書いていく手法が流行しています。
AIは指示一つで、何千行、何万行という膨大なプログラムコードを一瞬にして生成してくれます。
これは、とりあえず動くものを作るという点においては、革命的とも言えるスピードと効率を実現します。
しかし、ここには経営者が知っておくべき重大なリスクが潜んでいます。
それは、AIが生成した膨大なコードの中身を、誰も完全には把握できていないという「ブラックボックス化」の問題です。
開発ナレッジや設計思想を持たないまま、AI任せで継ぎ接ぎされたコードは、見た目は動いていても、内部構造が複雑怪奇になっていることが少なくありません。
いざサービスをリリースし、実際の運用が始まった段階で、この「把握できていないコード」が牙を剥きます。
中身を理解していない機械任せの文章が、後から修正困難な契約書のような状態になっていると想像してください。
何か問題が起きたとき、どこを直せば良いのか、直すと他にどんな影響が出るのかが分からず、ビジネスの継続性を脅かす事態になりかねないのです。
運用フェーズで予期せぬバグが多発する本当の理由
SaaS事業において、バグ(不具合)の発生は避けられないものですが、その原因は単なる「プログラムの書き間違い」だけではありません。
開発段階では想定していなかった、実際の運用環境ならではの要因が複雑に絡み合ってバグは発生します。
例えば、テスト段階では数人で使っていたシステムが、何千人というユーザーに同時に使われることで初めて起きるエラーなどがその代表です。
また、ユーザーの使い方は開発者の想像を遥かに超えることがあります。
「そんな操作をするとは思わなかった」というイレギュラーな手順や、想定外のデータの入力によって、システムが停止することは珍しくありません。
こうした「運用して初めて分かるユースケース」に起因するバグは、過去のデータから学習するAIであっても、事前にすべて予測して防ぐことは不可能なのです。
さらに、サーバーへの負荷状況や、ネットワークの通信環境など、外部要因によって引き起こされるトラブルもあります。
これらはコードそのものの誤りというよりも、環境との相性やリソース不足によって引き起こされる現象です。
AIが書いた「論理的に正しいコード」であっても、現実世界の泥臭い運用環境の中では、予期せぬ挙動をしてしまうことがあるのです。
複雑な要因が絡むバグ修正にAIが対応できない訳
バグが発生した際、「AIに修正させればいい」と思われるかもしれませんが、現段階の技術ではそれは非常に困難です。
なぜなら、バグの修正には「その場の状況」や「システム全体の文脈」を深く理解する必要があるからです。
AIはコードを書くことは得意ですが、「現在のサーバーのメモリ状況」や「特定のユーザーがどのような操作履歴を辿ったか」といった、リアルタイムの文脈までは把握していません。
また、システム開発において最も恐ろしいのは、ある箇所の修正が、全く関係ないと思われる別の箇所に悪影響を及ぼす「デグレ(先祖返り・改悪)」です。
AIに対して「このエラーを直して」と指示を出すと、そのエラー自体は消えるかもしれませんが、
その修正によって他の重要な機能が動かなくなるリスクを、AIは自律的に判断して回避することが苦手です。
つまり、部分的な修正はできても、サービス全体の影響範囲を考慮した「安全な修正」を行うには、まだAIの能力は不足しています。
複雑に絡み合ったシステムの中で、他の機能に影響を出さないように外科手術のような精密な修正を行うには、
システム全体の設計図を頭に入れているエンジニアの判断力がどうしても必要になるのです。
バグ原因を特定する探偵役としてエンジニアが必要な理由
ここで、SaaS運用におけるエンジニアの役割を「コードを書く人」から「探偵」へとイメージを変えてみてください。
バグが発生したとき、最も時間がかかり、かつ重要な作業は「修正すること」ではなく、「原因を特定すること」です。
「なぜそのバグが起きたのか」という真犯人を見つけるために、エンジニアはあらゆる証拠を集めて推理を行います。
エンジニアは、ユーザーやクライアントへのヒアリングを通じて、「どんな操作をした時に起きたか」という情報を集めます。
そして、サーバーに残されたログ(記録)と照らし合わせ、AIが生成したコードの挙動を読み解き、仮説を立てて検証します。
この、人間との対話と論理的な検証を行き来するプロセスこそが、AIには決して真似できない高度な知的作業なのです。
もちろん、エンジニアもAIを活用します。
「このエラーログの一般的な原因は?」とAIに尋ねてアシストしてもらうことはあっても、最終的な解決策を導き出すのは人間の役割です。
AIという優秀な助手を使いこなしながら、複雑な事象の中から真実を見つけ出し、ビジネスへの影響を最小限に抑える解決策を実行する。
これこそが、SaaS事業においてエンジニアが不可欠である最大の理由なのです。
AI技術の進化により、システム開発のハードルが下がったことは間違いありません。
しかし、SaaSビジネスの成功は「作ること」ではなく、「安定して使い続けてもらうこと」にあります。
一瞬で生成されたコードの裏側には、運用フェーズで爆発しかねないリスクが潜んでいることを、経営者は理解しておく必要があります。
AIはあくまで強力なツールであり、それを使いこなし、予期せぬトラブルからサービスを守る「守護神」としてのエンジニアの価値は、むしろ高まっています。
目先の開発スピードやコスト削減だけに目を奪われず、
運用後のバグ対応という泥臭くも重要な現場で、探偵のように活躍するエンジニアへの投資こそが、事業の寿命を決定づけるのです。







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